今まで書いた歴史物語をまとめてみました

 こんにちは。

このブログでは今まで、「現代の国際社会の出来事を世界史の知識に基づき理解する」というコンセプトのもと、「歴史物語」というシリーズ名でいくつかの記事を書いてきました。

ただ、その本数が増えてきた結果、せっかくこのブログを見に来てくれた方が、何処にどんな記事が書いてあるかわからないという状況になりつつあるようです。

以前も授業中に「南京大虐殺なんて存在しないって事は、ブログに書いておいたから!」と言ったら、「先生、どの記事ですか?」と聞かれてしまいました。

もちろん、これは私のタイトルをつけるセンスの無さが原因なのですが、ここらで、少し今までの「歴史物語シリーズ」をまとめようと思い、以下に内容毎にまとめてみました。

大きく分けると

1「何故、ヨーロッパがイスラムテロの標的になるのか」

2「何故、北朝鮮と韓国の経済格差が生まれ、北朝鮮がミサイルを撃つのか」

3「何故、中国は反日なのか」

この三つになります。

もしよろしければ、この記事に過去の記事もまとめておくので、ご覧になっていただければ幸いです。

 

 

何故、ヨーロッパでテロが起きるのか。何故、イスラム教徒がテロを起こすのか。それらを世界史の観点から解説した記事がこちらです。

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なんで北朝鮮がミサイルを撃ったりアメリカを挑発するのか。南北朝鮮の経済格差はどうして生まれたのか。それらを解説した記事がこちらになります。

 

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天安門事件の具体的な中身、即ち、中国共産党による大虐殺が行われた実態や、その結果、中国共産党は国民の目をそらすため、反日政策を推進した事。さらには、南京大虐殺なんて存在しない事を解説した記事がこちらです。

 

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中国の反日思想の原点が、実は紀元前の中華思想にあるよ!なんて事を解説した記事がこちらになります。

 

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歴史物語〜反日国家の作り方〜 中世史編その1 落ちぶれた漢民族

こんにちは。 
仕事に忙殺され、1ヶ月近くブログを放置してしまいました・・
私事ですが、4月からこれまでのキャリアの中でも一二を争うほど忙しくなりそうでして。今後もブログの更新が滞ると思うのですが、お付き合いいただければ幸いです。

前回の歴史物語の記事では、唐王朝漢民族の分裂を防ぐため、中華思想儒教思想を利用したという事を御説明しました。

今回は唐が滅亡した後、漢民族が落ちぶれていく様子を御紹介したいと思います。

10世紀初頭の唐の滅亡後、中国は各地に軍事独裁政権が乱立する、五代十国時代と呼ばれる内戦状態となります。
その後、11世紀に宋という王朝が中国を統一しますが、宋は軍事独裁への反省から、軍人を削減しその分官僚を増やし、官僚中心の政治を目指しました。当然ですが、軍人が減ってしまった事で軍が弱体化します。さらに、反乱を恐れた宋の皇帝は、地方の軍から精鋭を禁軍と呼ばれる皇帝の親衛隊に引き抜きました。その結果、地方軍は質も量も弱体化しました。国境を守る地方軍が弱体化した訳です。もちろんこれは、宋の周辺異民族からしてみれば、領土を奪う絶好のチャンスでした。度重なる異民族の攻撃に対し劣勢に立った宋は、講和条約を結び、毎年銀や絹を贈る事で和平を維持する事にしました。要するに、お金で平和を買った訳です。ですが、これは長く続きませんでした。
宋は12世紀前半に、女真族という異民族に都を占領され、さらに皇帝と上皇女真族によって中国東北地方、即ち後の満州へと連れ去られてしまった事で滅亡しました。
生き残った漢民族は南へと逃げて行き、長江流域を中心に南宋という国を建国。こうして中国大陸は、北を女真族が支配し、南を漢民族が支配するようになり、再び南北に分裂してしまったのです。
どうでしょう。唐が滅亡した後の漢民族、情け無いですね。異民族に攻撃を受けるとお金を払って許してもらい、挙げ句の果てには異民族に都を占領されるは、皇帝を拉致され中国の北半分を奪われるはとやられ放題です。当然ですが、漢民族の誇りや威信は地に堕ちました。そして、そんな漢民族にさらに追い打ちをかける民族が現れます。モンゴル人です。
13世紀、フビライハンが南宋を征服した事で、中国全土はモンゴルの支配下に入りました。フビライハンとは、あのチンギスハンの孫ですね。
フビライハンは国名を、中国語で「天下泰平」を意味する元に変えました。これは、モンゴル人のおよそ60倍の人口を誇る漢民族の支持を得る事が目的でしたが、残念ながら失敗に終わります。モンゴル人達は、漢民族の支持を得ようとする一方で、漢民族の文化を軽視してしまったのです。
当時、モンゴル人は現在のイラクやロシアを支配し、それらの地域を通じて、当時中国文化より進んでいたヨーロッパやイスラムの文化に触れていました。そんな彼らにとって、中国文化は取るに足らない物であり、軽視してしまったのです。これに漢民族が怒りました。
余談ですが、日本でも有名な三国志演義水滸伝は、この時代に原型が作られたと言われています。モンゴル人に支配され、その文化すら否定された漢民族が、せめて小説の中だけでも、漢民族を活躍させようとしてこれらの小説を書いたわけです。妄想の世界で自分達を活躍させる漢民族。ここまでくると哀れですね。

今回はここまでにして、次回は落ちぶれた漢民族が、現在の反日思想に直結するある思想を導き出す様を御紹介したいと思います。
よろしければ、お付き合いください。


ニーチェと修学旅行とディスカッション

ニーチェという人物を御存知でしょうか?
19世紀のドイツが生んだ哲学者です。一時期、日本でもブームになりましたね。

数さえいれば一人一人はそんなにかわいくなくても良いという考え方のアイドルグループに属しているくせに、突如結婚宣言する目立ちたがり屋女性までもが、知的アピールをしたいのかニーチェ好きを公言していました。片腹痛いです。

さて、そんなニーチェですが、彼の代表的な思想に「超人思想」というものがあります。「超人」、読んで字の如く「人を超えた者」という意味です。ニーチェはこの超人こそが「理想の人間」であると考えました。では、超人とは具体的にはどういう人物か。
誰しもが欲望を持っていますね。普通の人の欲望とは、自らを満たす為の物です。
ニーチェは、他者の為に欲望を満たそうとする者こそが理想の人間であると考え、そういう人間を超人と呼んだのです。こう言うと、少しわかりにくいかもしれませんね。では、「欲望」を「権力」と置き換えてみましょう。会社の管理職でも政治家でも何でも良いです。権力を得た人間の多くは、その権力を自らの利益の為に使うでしょう。
しかし、超人は違います。超人も権力を求めますが、権力を手に入れた後はそれを他者の為に使う。それがニーチェの考えた理想の人間、即ち超人なのです。果たして、日本の政治家の中に超人が何人いるのでしょうか。不安ですね。

さて、前置きが長くなりましたが、今回はこのニーチェの超人思想を教育現場にも!というお話です。

当たり前ですが、生徒にとって学校の先生の権力とは凄まじいもので、それに逆らうにはそれこそ、盗んだバイクで走り、校舎の窓ガラスを割りまくった挙句、いけないお薬を飲んで他人の家の庭で生涯を終えると位の覚悟が無いと無理です。

私が中学生の頃、修学旅行で飛騨高山と上高地に行きました。神奈川県の中学は、一般的に修学旅行は京都に行きます。それに対し、もう一度言いますが、私の中学は飛騨高山と上高地です。
もちろん、岐阜県や長野県を悪く言うつもりは毛頭ありません。岐阜県橋本真也棚橋弘至の出身地ですし、長野県は部活の合宿で何度も行きました。ただ、京都に行く他校の友達が羨ましかったのです。

うる覚えですが、飛騨高山に泊まった後、上高地に移動しました。河童橋を渡り白樺荘に泊まったはずです。そこで何をしたのか。水質検査です。

もう一度言います。水質検査です。

中学3年生の修学旅行で、河童橋の下を流れる川で水質検査をしたのです。今考えると、意味がわかりません。
何故、修学旅行で水質検査をしたのか。真相は未だ不明ですが、一説によると当時の教頭先生が登山が大好きな探検家で、生徒に自然の大切さを学ばせたい、自然と触れ合いさせたいという考えから上高地で水質検査を行わせたとか。さらに、白樺荘の主人が教頭先生の探検家仲間だったのも、修学旅行先が上高地になった理由だとか。

個人的には楽しい旅行だったと思うのですが、このケースがまさに、権力が1人の人間の思考に基づき行使された良い例でしょう。

もう一つ例を出します。

私のカミさんは、私の出身地の隣の市出身です。その市では、中学1年の時に宿泊研修と称して、八ヶ岳に登るそうです。羨ましいです。星空の下、みんなで語り合う。水質検査とは雲泥の差です。

カミさんの中学ももちろん、八ヶ岳に行ったのですが、その時に、クラス毎にイベントを企画するらしいのです。  

各クラスで話し合い、例えば天体観測とか、肝試しとか、みんなで計画して楽しもう!という、中学生ならでは楽しそうな企画です。ここで大事なのは、生徒自らに立案や計画を任せるという事ですね。おそらく、先生方は生徒の自主性やクラスの協調性を高めようとしたのでしょう。

そんな他クラスに対し、カミさんのクラスでは話し合いが行われませんでした。先生がその持てる権力を行使し「我がクラスはディスカッションを行う!」と決定したようです。

凄いです。自主性も協調性も知ったことか!話し合い無用!とディスカッションに強制決定。しかもそのテーマは「無人島に持って行くなら何をもって行くか。その理由も含め考える」。意味がわかりません。

旅行先は八ヶ岳です。山梨県と長野県にまたがる山です。山に登り、他クラスが天体観測や肝試しを楽しんでいる横で、いくつかのグループに分かれ「無人島に何を持って行くか」を考える。楽しい訳がありません。しかもこのディスカッション、先生の判定がまた最高で、とあるグループが「無人島に◯◯を持って行きます!」と言うと、先生が「俺は◯◯が嫌いだ。だから不正解」と言ったそうです。もはやディスカッションでもなんでもなく、ただの先生の好きな物を当てよう大会です。

後でわかった事ですが、生徒に計画させ肝試しや天体観測になると、事故などが起きた時に面倒なので、屋内で安全なディスカッションになったとか。これもまさに、自己の為の権力利用でしょう。

この様に、権力を自らの為に利用するという行為は、我々の日常に満ち溢れているのです。だからこそ、ニーチェはそれとは真逆の人物を理想の人間としたのでしょう。私も是非、超人を目指したいものです。もっとも、個人事業主、即ちフリーランスの講師の私には、元から何の権力もありませんが・・

数字から読み解く世界史〜花金データランド〜

こんにちは。

花の金曜日、略して花金ですね。その昔、花金データランドなんてテレビ番組がありました。若い人は知りませんよね(笑)

なんでこんな事を書くかというと、今回は世界史におけるデータの重要性というお話だからです。

例えば、日本の教科書でヒトラーの政策について、ユダヤ人迫害よりも彼の経済政策に重点を置いている物はありません。その結果、生徒はもちろん教師でさえも、ヒトラーの事を単なる極悪人としか考えないのです。
しかし、例えばドイツの失業者について見てみると、皆さんのヒトラーのイメージは変わると思います。
1929年に世界恐慌が勃発しました。その結果、ドイツはおよそ600万人の失業者が発生します。1933年にヒトラーが首相となりますが、その3年後、失業者は100万人まで減少し、1938年には、むしろ労働力が不足する様になりました。
また、残業制限等の労働者保護政策を実施し、1933年から37年の4年間で、労働者の平均所得は50%増加。GDPも11%増加しました。

無論、ユダヤ人迫害を正当化するつもりは毛頭ありませんが、この数字を見ると、少なくともヒトラーが経済面では優れた政治家であった事がわかると思います。よく世界史の教科書や資料集には、ヒトラーに夢中になる群衆の写真が、ナチスプロパガンダ写真として載せられています。つまりは、やらせ写真だという事ですよね。しかし、これだけ経済発展に成功したヒトラーです。人々の人望が厚かった事は想像に難くありません。教科書は何故、その写真の群衆がやらせだと書くのでしょうか。いわゆる、印象操作というやつかもしれませんね。

もう一人例を挙げてみましょう。ヒトラーが首相に就任したのと同じ年に大統領となった、フランクリンルーズベルトです。

日本の教科書は、ルーズベルトニューディール政策でアメリカを世界恐慌から救ったと説明しています。本当でしょうか。ちなみに、ルーズベルトは大学で歴史学を専攻していました。経済の知識は皆無です。ちなみに、歴史学の成績はC。つまりは平均です。勉強が得意だった訳でもないようです。
話を戻しましょう。
1933年、即ちルーズベルトが大統領に就任した年、アメリカの失業者は1283万人、失業率は24.9%でした。その後、彼は財政出動を中心とした政策を進めますが、1938年の時点でも失業率は19%と高い水準です。この時点で、ニューディール政策が失敗だとわかると思います。1940年にようやく失業率が14.6%まで下がりますが、これはヨーロッパで前年に第二次世界大戦が勃発したため、イギリスへの武器輸出を合法化し軍事産業が活発になったからです。これが、ルーズベルトに対日戦争を決意させる一因となったのです。
もともと、ルーズベルトは就任当初から一貫して反日親中政策を行いました。これには様々な背景がありますが、今回は割愛します。そんな反日姿勢のルーズベルトが、戦争が経済回復に役立つと気づいたのです。彼が対日戦争に舵を切ってもおかしくありませんよね。
如何でしょうか。失業率というデータから、ニューディール政策が失敗であった事と、日米間の戦争がアメリカから仕掛けたものであった事が、御理解いただけたと思います。

この様に、世界史を学ぶうえで経済の数字は、とても重要なものなのです。

17歳の思い出

高校生等、10代の生徒を教えるには、彼らの考え方を把握しなければいけない。その為には、自分が彼らの歳の頃に、どんな事を考えていたかを思い出すのが効果的だ。そこで、これは私なりのやり方だけれども、過去の日記やアルバムを見る事が多い。今回は、そんな事をしつつ思い出した与太話です。

あれは高3の時、文化祭の前だったので6月頭位だろうか。土曜の夜、勉強を終え、CDTVを見ていた。
妙に暑かったので、パンツとTシャツという、男性にとっては一般的な避暑服装であった。

その時、インターフォンが鳴った。耳を疑った。CDTVを見ていた事からもわかる通り、深夜である。深夜のインターフォン。一応電話に出るも応答無し。外に出ても人影無し。

いたずらだろう。イラっとしてテレビの前にもどった。数分後、再び鳴り響くインターフォン。今度は電話にも出ずいきなり外に出た。やはり、犯人は逃げた後であった。

同じ事がさらに2回繰り返され、我慢の限界に達した私は玄関を開け怒鳴った。寝ていた父親も起きてきた。
しかし、私の怒鳴りも虚しく、またも鳴り響くインターフォン。ついに、父親の指示のもと警察を呼ぶ事になった。さすがは頼りになる日本警察。電話し事情を話すと

「わかりました。今すぐ警官を向かわせます。危ないので、家から出ないで下さい。」

なんという安心感!

数分後、警察が到着。3人組の警官が来てくれた!これで安心!しばらくすると警官の1人がインターフォン越しに

「ちょっと出てきてもらえますか?」

「犯人捕まえてくれたのかな?」言われるがまま出て行く。屈強な体躯を誇る警官3人組。ちょっと困った顔をしつつインターフォンを見ている。

「我々が到着してから誰も来ませんでした。ただ、ちょっと見ていて下さい。」

インターフォンを見つめる屈強な警官3人組と筆者(17)と父親(61)。鳴り響くインターフォン

「!?」

警官隊「先ほどから、我々がいる前で勝手にインターフォンが鳴っています。失礼ですが、故障ではないですか?」

筆者「Σ(゚д゚lll)」

父親「伸幸、あとは任せた。」
去って行く父親。ある意味父親に見捨てられたこの状況とあまりの恥ずかしさに何も言えない筆者。

警官隊「とりあえず、我々も出動した手前、こちらの書類を書いていただかないといけないので、署名をお願いします。」

言われるがままに署名する筆者。しかもその時になってようやく、パンツとTシャツ姿のままだった事に気づく。
土曜の深夜、パンツとTシャツの17歳が、屈強な3人の警官隊に囲まれ書類を書く。なかなか稀有な経験であった。

後日調べたところ、インターフォン内部でアリが感電死していたため、回線がショートし鳴り響いていたらしい。

17歳。「若かった。」という事で許してほしい恥ずかしい過去の一つである。

歴史物語〜反日国家の作り方〜 古代史編その8 だからね、漢民族なんていないんだよ?

こんにちは。

前回の記事では、大運河が唐の経済を発展させ、長期政権の一因となったと御説明しました。今回はその経済発展の結果、中華思想も発展してしまうというお話です。

思い出して下さい。唐の時代、血縁的には純粋な漢民族など存在していません。文化も風習も異なる人々が、中国大陸という同じ場所に住み、漢民族を名乗っているに過ぎないのです。そんな人々が、貿易を通じて外国の人々と交流したらどうなるか。当然、漢民族としてのアイデンティティを保てなくなり、下手したら国家の分裂につながります。そこで、この時代に盛んに謳われるようになるのが中華思想なのです。

繰り返しになりますが、中華思想とは中国が世界の中心であり、中国皇帝こそが世界の支配者であるという考え方です。外国との交流が盛んになるにつれ、唐は国民に対しこの考え方を広めていきます。遺伝子的には何の関係性も無く、文化も言語もばらばらの中国国民を、世界の中心に位置する漢民族という思想で統一しようとしたのです。

朝貢貿易が行われるようになったのも、この時期でした。周辺国は中国皇帝の家臣となり、中国皇帝に貢物を送る。中国皇帝はその返礼を送る。これが朝貢貿易ですね。実質的にはただの貿易です。ただ、庶民はそうは思いません。本気で、周辺国が偉大なる中国皇帝に貢物を送ってきた。我々はその偉大なる中国皇帝の元で暮らす偉大なる国民なのだ。外国との貿易が盛んになるにつれ、庶民はそう考えるようになり、偉大なる中国皇帝に支配される民族として、一体感を持つようになるのです。それが漢民族の正体です。

なお、余談ですがこの朝貢貿易も、唐が経済発展し長期政権を築く一因となりました。周辺国が家臣となるという事は、少なくともその国と戦争になる可能性は大幅に低下します。そうすると、その国との国境線には、最低限の兵力を置くだけでよくなります。つまり、国境警備に割く費用を大幅に削減出来るのです。これは広大な国境線を有する唐にとって、非常に助かります。軍事費を削減出来た分、貿易等に力を入れ、経済発展を実現したのです。

こうして、科挙を通じて儒教思想とそれに基づく中華思想が知識人層に広まり、朝貢貿易を通じてその根底にある儒教思想が庶民にも広まり、唐は儒教国家へと発展。儒教思想により国民は統一され、唐は分裂を免れ長期政権を築いたのです。この事は、中国の歴史というか、中国人の思想に大きな影響を与えました。漢王朝唐王朝も、長期政権を実現した。儒教思想を用いた国は長期政権になる。中国人はそう考え、それが後の王朝にも受け継がれていくのです。そしてそれが、反日思想へと発展していきます。

長くなりましたが唐を含めた古代史はここまでにし、次回は中世以降を御説明したいと思います。よろしければお付き合い下さい。

世界史を学ぶ人にお勧めの本 その13〜チャーチルが世界を救った?馬鹿おっしゃい!〜

こんにちは。

今日は久々に、本を紹介しようかなと思います。
ここ数日、アカデミー賞のニュースを良く耳にします。第二次世界大戦次のイギリス首相チャーチルを描いた作品で、日本人メイクアップアーティストが賞を受賞したとか。
それ自体はもちろん、御本人のそれまでの業績が評価された素晴らしい事だと思います。ただ、この映画のタイトルがいただけない。

チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」

だそうです。馬鹿言っちゃいけない。ある程度世界史の知識がある方なら、このタイトルが嘘八百だとわかるはずです。
私なら 

チャーチル/ヒトラーを生んだ男」

もしくは

チャーチル/第二次世界大戦を起こした男」

にします。
これまで学校の授業では
チャーチルがイギリスをドイツから守った。」
「フランクリンルーズベルトがアメリカを世界恐慌から救い、戦争を仕掛けてきた日本を撃退した。」
と習ったと思います。しかし、昨今の研究では、それらが真逆である事が明らかになっています。
つまり、 
チャーチルがドイツを戦争に駆り立てた。」
ルーズベルトニューディール政策に失敗して世界恐慌からアメリカを救う事が出来ず、戦争による経済活性化を目指し、日本に戦争を仕掛けた。」

これが事実な訳です。もっとも、日本を悪く言いたい方々はこの事実を「妄想だ!」「歴史修正主義だ!」などと言って認めませんが・・

前置きが長くなりましたが、今回紹介したい本は、そんな事実を認めない頭の固い方々も納得せざるを得ない様な、客観的なデータに基づいて書かれたこの一冊です。

戦争を始めるのは誰か 歴史修正主義の真実 (文春新書)

戦争を始めるのは誰か 歴史修正主義の真実 (文春新書)


本書は戦勝国を正義とする戦勝国中心史観を、アメリカの失業率など客観的な数字に基づいて否定しています。また、ヒトラー誕生の背景を、第一次世界大戦時のイギリスの非道な行いに求めるなど、従来の日本の学校教育では習わない内容が豊富に含まれてます。

歴史好きな方のみならず、多くの人に読んでいただきたい一冊です。