北朝鮮〜ドイツとミサイルと恋物語〜その2

こんにちは。

前回の記事では、東西ドイツの経済格差の要因が、アメリカの援助にあるというお話をしました。今回は、南北朝鮮の経済格差について、御説明したいと思います。

理屈はドイツと同じです。アメリカは韓国を経済援助し、南北の経済格差を拡げていきました。韓国経済の復興をライン川の奇跡を真似して、漢江の奇跡と言ったりしますが、これは語弊があります。

ドイツは戦前から科学技術や医療が発達し、経済もヒトラー時代に回復していたため、戦後に短期間での復興が可能でした。しかし、朝鮮は違います。結論から言うと、朝鮮経済はドイツに比べ、極めて不安定なのです。

日清戦争後の下関条約で独立した朝鮮ですが、それまでの腐敗した政治のおかげでろくな産業が育っておらず、また、教育水準も低かったため、およそ10年で財政破綻し、日本に助けを求めました。

このことからもわかる通り、朝鮮はドイツと異なり、その経済基盤は極めて惰弱であり、国民経済が育っていないのです。韓国経済の復興は国内要因がほとんどなく、大半がアメリカや日本の援助によるものでした。つまり、外国頼りの経済であり、繰り返しになりますが、不安定な経済です。もちろん、これは北朝鮮も同じです。産業がほとんど発達していない北朝鮮は、中国の援助で経済を保ってきましたが、中国経済が急成長を始めるのは21世紀に入ってからです。20世紀の中国経済では、残念ながら日米には太刀打ち出来ません。必然的に、南北朝鮮の経済格差は拡大していきました。実はこの事が北朝鮮に、ある事を決意させます。それは、アメリカへの接近です。

同じ朝鮮民族でありながら、日米の援助を受けた韓国は発展し、中国の援助を受けた北朝鮮は発展出来なかった。もちろん、経済格差の要因は国内にもありますが、北朝鮮はそうは考えません。アメリカからの援助が得られれば発展が遂げられる。そう考えたのです。

現在、北朝鮮が核実験やミサイル発射実験を繰り返してる背景には、アメリカとの平和条約締結という目的があります。

平和条約を締結する事でアメリカから援助を引き出し、経済や国家体制を立て直そうとしているのです。まるで、好きな子の気を引くために暴れる少年の様ですが、皆さん御存知の通り、その様な少年の願望はほとんどの場合叶わないものです。北朝鮮もそれに気づくと良いのですが・・

北朝鮮〜ドイツとミサイルと恋物語〜

こんにちは。
私が小学生の頃は、中国のイメージとくれば自転車でした。みんな緑色の人民帽を被って自転車に乗っている。失礼ながら、決して豊かではないイメージです。
それが今では、都市部の人々は車を乗り回し大気を汚染する事この上なし。共産党幹部の子供に至っては、フェラーリで高速道路をかっ飛ばし衝突事故を起こして大破。後部座席に乗っていた2人の全裸の女子大生と共に、この世を去る。まさに、恥と共に去りぬです。

何が言いたいかと言うと、「時代は常に流れているのだから、過去のイメージにとらわれてはいけない。」などという当たり前の事ではなく、「時代の変化の要因を考えれば現在の世界がわかる。」という事です。

例えば、「何故貧しい国であった中国が(表面上は)豊かな国になったのか。」これを突き詰めていくと、実は中国お得意の反日政策の原因がわかります。

さて、今回は世間を騒がせている北朝鮮のミサイル問題に絡め、何故、南北朝鮮でかくも経済格差が拡大したのか。これについて書きたいと思います。(中国史を期待された方がいらっしゃったらお詫びします。)

 

 

近年に至るまで大量の餓死者を出した北朝鮮に対し、韓国経済は順調な発展を遂げました。何故、同じ民族なのにこの様な格差が生じたのか?

実は朝鮮半島の経済格差について学ぶ為には、東西に分裂していた時のドイツ、それもベルリンの壁について学ぶと、理解しやすいはずです。

ベルリンの壁を築いたのは東ドイツ及びソ連、東側諸国すなわち社会主義国側です。しかし、その原因はアメリカ、すなわち西側諸国にありました。

1949年にドイツは東西に分裂しますが、その時点ではベルリンの壁などありません。国境線は有刺鉄線による簡素なものでした。当時は冷戦真っ只中です。アメリカはなんとか、東側諸国を弱体化させたい。しかし、軍事侵攻をすれば確実に第三次世界大戦が起きる。軍事侵攻以外の手段を採らねばなりません。そこでアメリカが考えたのが、西ドイツの経済復興でした。

1950年代、西ドイツはライン川の奇跡と呼ばれる程の経済復興を遂げます。もちろん国内要因も大きいのですが、実はアメリカの大規模な援助が一番の要因なのです。

では何故、アメリカは西ドイツに経済援助を行なったのか。それは、東西ドイツの経済格差拡大が目的でした。

残念ながら、独ソ戦など大戦の被害から立ち直っていないソ連に、東ドイツの復興を支援する力はありません。一方、アメリカの援助を受けた西ドイツ。東西ドイツの経済格差は広がる一方です。東ドイツの労働者からすれば、たまったものではありません。

想像してみてください。東ドイツには仕事が無い。西ドイツには仕事が溢れている。誰だって、西ドイツに行きたくなります。結果、東ドイツから西ドイツに多くの労働者が亡命していきました。多くの労働者を失った東ドイツは弱体化します。もうおわかりでしょう。これこそが、アメリカの狙いだったのです。結果、東ドイツからの労働者亡命を防ぐ為、東ドイツ政府やソ連ベルリンの壁を築きました。

この様に、アメリカの経済援助が東西ドイツの経済格差を生み、分断を決定的なものにしたわけです。その後、冷戦末期にベルリンの壁が破壊され、冷戦終結後に東西ドイツは統一されました。これは、財政が破綻し自力での経済復興が困難になった東ドイツを西ドイツが吸収した形でした。

では、朝鮮半島の場合はどうだったのか。これについては、次回の記事で御説明したいと思います。

シンガポール〜お土産が生んだ空港のお話〜

今ではゲーム会社の様相を呈しているmixiですが、かつては和風SNSとして、若者はほとんどやっている。それ位の勢いがありました。今の学生さんには信じられないかもしれませんが、それが今から10年ほど前の日本なのです。当然、私もやっていました。まあ、20代前半の小僧の日記なんで、今読むと、こっ恥ずかしい事この上なしなんですが、ちょいと気になる記事を見つけまして。今回はそのmixi日記を、加筆修正した日記になります。

2012年にシンガポールに旅行した時の記事になりますが、初のシンガポールで浮かれていた筆者に沖縄の天誅が下されるという、ラピュタ的な冒険活劇(?)といったところでしょうか。

(以下、本文)

少し前の話ですが、2月1日からシンガポールに行ってきました。 
当初は2泊4日の予定でしたが、急遽3泊5日になりました。 

2月1日 
23:40羽田発の飛行機です。なんか、これを初日と言うのが悔しいです。羽田空港のカツ丼が意外に美味しかったです。 

2月2日 
6:00に現地に着きました。機内では5:00に起こされ、朝食を食べさせられました。 
魚のフライとサラダとご飯でした。重すぎます。朝5:00にしては重すぎます。 

ホテルに荷物を置いた後、チャイナストリートとインドストリートに行きました。チャイナストリートはこれでもかって位、お土産物がありました。 
お土産を選んでいたら、携帯に電話がありました。日本からの仕事の依頼でした。2月8日に仕事が入りました。流石は風水の国です。臨時収入です。 
でも、通話料が怖いです。 
なお、電話してきたスタッフは、何度も会った事があるにもかかわらず

「東根先生〜初めまして〜お久しぶりです〜!」

という、日本語の常識を一切合切かなぐり捨てた挨拶を投げかけた後、

「お仕事の依頼なんですが、世界史の授業なんですが大丈夫ですか〜?」

などと、世界史講師に世界史の授業が出来るかという奇妙奇天烈な確認をしてきました。

ちなみに、チャイナストリートのトイレは10セント取られました。有料の割には汚い・臭い・紙無いの三拍子揃ってます。ひどい話です。 

さすがに疲れたのでチェックインした後一眠りし、夕食後、シンガポールスリングで有名なラッフルズホテルのロングバーに行きました。 

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その時の写真です。悪い顔になっています。あまりに美味しくておかわりしました。さらに、何か別のカクテルをもう1杯飲もうとしましたが、あまりカクテルに詳しくない筆者。チャイナブルーを頼んだら青島ビールが出てきました。なるほど。

青=ブルー
青島(チンタオ)=チャイナ

見事です。
筆者の拙い英語とボーイの拙い日本語のやりとりの結果、見事な意思疎通を達成出来ました。
チャイナブルーは日本以外のアジアの国では通じないそうです。勉強になりました。 

2月3日 
起きてすぐに、ホテル屋上のプールではしゃぎました。 

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マリーナベイサンズというホテルです。 
SMAPのCMのホテルです。テンション上がります。

午後はアラブストリートでモスクを見てきました。水タバコを初体験しました。でも、一番印象に残っているのは、夕飯で行ったペルシャ料理のお店で見たベリーダンスです。あまりの迫力とエロさに驚愕しました。思春期の中学生は絶対に見てはいけません。 

2月4日 
マーライオン見ました。
ラッフルズの像を見ました。
シンガポールフライヤーに乗りました。 
マーライオンって意外に小さいんですよね。カミさん曰く、世界三大がっかりスポットだそうです。何となく、わかる気がします。 

いろいろ見ましたが、22:00発の飛行機で帰国です。本音を言えば、もう少し見たかったなと。まだ有名なチキンライスやクレイポットライスも食べてない。 
また、来たいなと思いつつ、空港に着き、出国審査を終えて手荷物検査を受けました。 

「Hey!」 

検査官の若い女性に呼び止められました。  

「キーホルダーを見せろ!」

と言われました。   

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このキーホルダーです。そうです。弾丸です。10年前に沖縄で買った、ライフルの使用済み弾丸を使ったキーホルダー。ゴルゴ13愛用の、M-16の弾丸を使ったキーホルダー。ゴルゴ13好きの筆者にとっては、何物にも変え難い一品です。

たくさんの検査官が集まってきました。男も女も屈強な検査官が集まってきました。そして 

パスポートを取り上げられました…! 

シンガポールでは武器の持ち込みや持ち出しが厳しく禁止されています。筆者のキーホルダーは武器とみなされたようです。迂闊でした… 
近くの椅子に座らされ、周りを屈強な検査官に囲まれました。筆者に英語が通じないとわかったらしく、JALの日本人スタッフの人が来ました。 
JALの日本人スタッフはこう言いました。 

「申し訳ありませんが、今夜の飛行機には乗れません。」 

シンガポール再入国決定です。ある意味、夢が叶いました。 

「これから、警察が来て調書を作ります。場合によっては逮捕の可能性もあります。」 

おい!ちょっと待て!どう見てもキーホルダーだろ!家の鍵や自転車の鍵が付いているぞ!これでどうやってテロを起こすんだ!ていうかせっかくの仕事が…! 

焦る筆者。残念ながら、筆者は英語がとても苦手です。カミさんが代わりに 

「イミテーション!」
とか
「スーベニア!」
と抗議してくれています。スーベニアとはお土産という意味だそうです。多分、一生忘れない英単語です。 

いよいよ、警察が登場しました。三人組です。おそらく、インド系と思しきリーダー格の警官が調書を取り始めます。もろ銃持ってます。それも拳銃ではないです。アフガニスタンでテロリストが持ってそうな、デカイ銃です。怖いです。 
警官や現地の検査官は、筆者を収監する方向に持っていこうとしましたが、JALの日本人スタッフ、木村佳乃に似た日本人スタッフが、かなりの迫力で筆者を庇ってくれました。
インド系と思しき警察官。筆者との距離を1m程に詰め、鬼瓦の様な表情で

「職業は?」 

と問いかけます。
JALの日本人スタッフが通訳してくれました。しかし、混乱している筆者。日本人スタッフに向かって 

「teacher」 

と答えました。そこは日本語でよろしい。思わず苦笑する日本人スタッフと鬼瓦。 

どうやら、このとぼけた回答で、「こいつはテロリストどころかとんだおとぼけ野郎だ。」と判断されたのでしょう。
結果、収監も罰金も免れ、警告とキーホルダーの没収ですみました。何物にも変え難い弾丸キーホルダーさらばです。
警告書には 

「次にシンガポールの法に触れる行為をした場合、すぐに裁判になるので覚悟しろ 」

みたいな事が書かれていました。 
件の警官、最後は笑顔を見せつつ、シンガポールに持ち込みが禁止されているリスト(イラスト付き)を見せてくれました。
銃やナイフなどのイラストに混じって、手裏剣のイラストがありました。 
警官、手裏剣を指さして 

「ニンジャ」 

だそうです。笑えません。 渾身のギャグなのかもしれませんが、笑えません。

すったもんだで解放され、再入国し、新たなホテルにチェックインです。もちろん、筆者のミスですから、パートナーの分のホテル代も最終日の滞在費も全て筆者の負担です。2月8日の臨時収入は吹っ飛びました。 

2月5日 
チキンライスとクレイポットライスを食べました。夢が叶いました。 
空港に行くと、昨日筆者を助けてくれたJALのスタッフがいらっしゃいました。彼女のおかげで帰国出来る訳です。JALに感謝です。彼女に足を向けて寝られません。今度から、飛行機に乗る時は必ずJALにします。 

2月6日 
6:00前に日本に着きました。やっぱり、到着1時間前に朝食が出ました。今度はオムライスでした。重いです… 

シンガポールはいろいろと面白い都市です。 
でも、今回の旅は非常にスリリングな旅でした。 
まさに、シンガポールスリリングです。おあとがよろしいようで… 

不倫と政治家とルネサンス

こんにちは。
 
最近は芸能界も政治の世界も、不倫が一大ブームの様ですね。
シングルマザーを売りにする一方で不倫をし、見事に世間のシングルマザーの印象を悪化させてくれた与党議員。腹立たしい限りです。ところがその一方で、その与党議員の不倫を追及していた野党議員が、待機児童問題を提唱する裏で法を尊ぶべき弁護士と不倫に勤しむという、まさにカオス状態です。
 
まあ、政治家の質の低下というのは18〜19世紀のヨーロッパで既に問題化していた事なのですが、それにしても、昨今の日本の道徳観の欠如っぷりは、まったくもって目を覆うばかりです。何故、日本人の道徳観がここまで低下してしまったのか。その理由については、後日御説明しようと思っています。
 
今回は、特に不倫と関係しているかというと微妙なのですが、せっかくなので不倫をテーマに文化史の解説をしてみようかなと。
 
学生時代に世界史が得意だった人も、文化史は苦手だったのではないでしょうか。何故なら、流れが無いからです。
文化史は「作者」と「作品」を覚える。この繰り返しですから、単語を強制的に頭に焼き付けるという苦行の連続なのです。
しかし、文化史を理解するうえで大切な事は、
 
社会や時代の動きを把握する
 
これに尽きます。
 
例えば、中世ヨーロッパは完全なキリスト教社会です。人口のほぼ全てがキリスト教徒ですから、国王や将軍よりもローマ教皇が偉い。ローマ教皇の言う事には絶対服従キリスト教が唯一の価値観である。こんな時代です。そうすると、中世ヨーロッパの文学作品も、必然的にキリスト教の価値観を反映したものになります。
 
一例を挙げると、キリスト教では禁欲が美徳とされました。その結果、中世の文学作品に出てくる人間は、誰もが欲望を捨て去った完璧な人間として描かれる訳です。
どうでしょう?そんな人間がいる訳ないという事は、政治家の先生方が我々に教えてくれてますよね。
 
その後、中世ヨーロッパから近代ヨーロッパに移る過程で、宗教改革が起き、キリスト教中心の社会は否定される訳ですが、時系列をまとめると
 
中世ヨーロッパ=キリスト教中心の文化
近代ヨーロッパ=人間中心の文化
 
となります。
つまりは、中世と近代の間のルネサンスは、キリスト教中心の文化から、人間中心の文化に変わる過渡期の文化と言えます。
何が言いたいかというと、
 
ルネサンス期の文化は禁欲を否定する。つまりは、人間の欲望を描く。
 
という事です。
 
例えば、ペトラルカという詩人は『叙情詩集』という作品の中で、理想的な恋人ラウラへの愛を詠っています。つまり、愛という感情、すなわち欲望を詠っている訳です。
(ラウラが実在しないという説もあり、そうすると、妄想の中でつくりあげた恋人への愛を詠うという、かなり危ない人になってしまいますが・・)
 
ペトラルカを例にとりましたが、ルネサンス期の作品はキリスト教が否定していた人間の欲望を描く事で、中世ヨーロッパを否定する作品が多いのです。
この感情を描くという手法は近代ヨーロッパになると確立されて行き、ロマン主義へと発展していきます。
 
この様に、文化は社会の動きと連動しているという事を理解していれば、文化史を理解するのに役立つでしょう。

世界史を学ぶ人へお勧めの本 その9〜季節の変わり目に学ぶマオと学校教育〜

こんにちは。

昨日あたりから、一気に秋が来たような気温ですね。季節が変わるのが日本の良さですが、いきなり涼しくなると、暑かった日を忘れてしまいそうです。もっとも、嫌な記憶なら忘れた方が良い場合もありますね。しかし、歴史も同じ様に考え、嫌な事を忘れたり改竄する様ではまずいです。

さて、毎回強引な導入でお恥ずかしいのですが、今回御紹介するのは、歴史を忘れる事を厭わないどころか、積極的に改竄する国や人について書かれた一冊です。あれ?洋の東西を問わずそんな国ばかりじゃないかですって?まあ、その通りなんですけどね(^^;;

マオ―誰も知らなかった毛沢東 上

マオ―誰も知らなかった毛沢東 上

マオ―誰も知らなかった毛沢東 下

マオ―誰も知らなかった毛沢東 下



こちらの本、12年も前に発売された有名な本なので、今さら私が紹介するのもお恥ずかしいのですが、実は今すぐにでも、皆さんに読んでいただきたい一冊です。

この本を読めば、如何に学校で教わる歴史が嘘ばかりなのかがわかるでしょう。
例えば、我々は

張作霖を殺したのは関東軍(日本軍)だ!」
中国共産党は日本軍と戦ったんだ!」 

と学校で習います。

しかし、この本を読めばそれらがいずれも、戦後に捏造された歴史である事がわかると同時に、日本の教科書がその捏造された歴史ばかりを載せている事が御理解いただけると思います。ちなみに、何故日本の教科書がその様な体たらくなのかは、後日御説明しようと思ってます。

ただ、お勧めしておいてなんですが、最後にこの本の欠点について。
多くの一次史料を多角的に検討しているのは素晴らしいのですが、筆者の基本姿勢として、毛沢東が実は共産主義などのイデオロギーを軽視していた、単なる独裁欲の強い人物であったという事を書いています。しかしその結果、戦時中の謀略も文化大革命の大量虐殺も、全て毛沢東が狂人であったからという方向にまとめ、あらゆる出来事が毛沢東個人のせいにされてるように読み取れます。もう少し、国際情勢等を踏まえ、論理的に追求してほしかったです。

もう一つの欠点は・・そのボリュームです(笑)上下巻合わせて1100ページ以上ありますから、ちょっと気合いを入れて読まないといけないのです(笑)

ただ、これらの欠点を踏まえても、読む価値がある本だと思います。

世界史を学ぶ人へお勧めの本 その8~秀吉が教えてくれる広い視野を持つ事の重要性~

こんにちは。

仕事が多忙を極め、ブログを放置してしまいました・・・

 

今日からまたゆるゆると再開しようと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

 

さて、突然ですが、私は世界史講師です。当然、日本史は専門外です。しかし、これからの時代は歴史を語るうえで、両方の視点を持つ事が大事です。今回御紹介する本は、そんな幅広い視野を持つ事の重要性を教えてくれます。

 

逆説の日本史(11)戦国乱世編 朝鮮出兵と秀吉の謎 (小学館文庫)

逆説の日本史(11)戦国乱世編 朝鮮出兵と秀吉の謎 (小学館文庫)

 

 

出ました!『逆説の日本史』です。日本史を専門とされている方からは、賛否両論があるこのシリーズですが、私は大好きです。何故なら、感情や思想で語る事が無く、極めて論理的だからです。今回も、秀吉の朝鮮出兵について、論理的に説明しています。

しかし、皆さんは「朝鮮出兵が世界史にそこまで絡むものなのか?」とお思いかもしれません。

秀吉が朝鮮に出兵した。この事実は、皆さんも中学生の頃に習ったはずです。思想の偏った教師に習った方は

 

「日本で土地が無くなったから朝鮮を侵略した!」

「秀吉が朝鮮の人々を虐殺した!」

「秀吉は悪者だ!我々は謝罪すべきだ!」

 

等という、まったくもって視野狭窄に陥った知識を刷り込まれているかもしれません。(もっとも、そういう偏った教師のおかげで、我々予備校講師は、まともな事を言うだけで生徒から賞賛の視線を浴びる事もあるので、彼らに感謝すべきかもしれませんが・・・)

上記の様な事を教える教師に限って、日本は日本、朝鮮は朝鮮というように、一部の地域や時代のみを見て、物事を判断しようとします。呆れて物も言えません。

朝鮮出兵を考える時は、16世紀の世界情勢の一部として考えなければいけません。そうしなければ、資源が乏しく農業生産力も決して高くはなかった朝鮮半島に、秀吉が出兵した理由が説明つかないのです。

では、秀吉が朝鮮に出兵した理由はなんだったのか。そこには、スペインが絡んでくるのです。詳細はこの本を読んでいただければと思いますが、今まで、一部の学者が唱えていた、朝鮮出兵とは対スペイン戦略であるという考え方を、この本は論理的に説明してくれます。

この本を通じて、朝鮮出兵がヨーロッパを含めた世界情勢の中で行われたという事を御理解いただき、幅広い視野を持っていただければ幸いです。

歴史物語〜十字軍とアルカイダその3〜

   こんにちは。暑い日が続きますね。おかげで、何年ぶりかに熱中症になりましたが、ソルティライチのおかげで元気になりました。

   さて、前回の記事では、十字軍の経済的背景について御紹介しました。

   前回の記事を読んでいただければ、十字軍遠征が宗教戦争などではなく、領土目的の侵略戦争であり、イスラム世界の人々がヨーロッパ諸国に恨みを抱く始まりになったという事が、御理解いただけると思います。

   ですが、これは少しおかしな話ですよね。

   十字軍遠征が終わったのは13世紀末。今から700年以上前です。そんな大昔の事を、いまだに恨み続けている。考えにくい話です。でも、未だにイスラム圏の人々は十字軍と聞くと悪い印象を持っている。何故か。それは、十字軍遠征がヨーロッパによる侵略の、始まりに過ぎないからです。

 よく教科書には「十字軍遠征は失敗であった。」と書いてあります。しかし、本当にそうでしょうか。たしかに、聖地イェルサレム奪回は出来ませんでした。つまり、領土の拡大には失敗したのです。しかし、地中海の制海権奪回には成功しました。宗教的目的は果たせませんでしたが、地中海支配という経済的目的は達成したのです。

 十字軍遠征以降、西ヨーロッパの人々はユダヤ商人を仲介役として、イスラム圏と貿易を始めます。つまりは、西ヨーロッパとイスラム諸国とアジアが、貿易関係で結ばれたわけです。これがヨーロッパの商工業を大いに活発化させました。

 ただし、この時点での力関係はイスラム圏の方が上です。当然ですよね。イスラム諸国を通じてアジアと貿易をしているわけですから、彼らが再びアジア貿易を独占したら、西ヨーロッパは大きな経済的打撃を受ける。故に、イスラム諸国に逆らう事は出来ない。しかも、11世紀になってようやく商工業が活発化し始めた西ヨーロッパに対し、イスラム諸国は8世紀には中国などアジアとの貿易を始めています。経済力はイスラム諸国の方が遥かに上なわけです。結果、西ヨーロッパの人々はイスラム諸国と決して対等とは言えない貿易関係を結ぶことになりました。この事は、西ヨーロッパの商人達の間に、イスラム商人に対する恨みを抱かせる結果となります。

 この様に十字軍遠征は、イスラム圏の人々には侵略された恨みを、西ヨーロッパの人々には不利な貿易関係を強いられた恨みを抱かせ、双方に禍根を残す結果となりました。そしてそれが、大航海時代につながり、現在まで続く、イスラム世界の反ヨーロッパ感情の原点となったわけです。

 このように、十字軍遠征は現在のイスラム過激派の原点ともいえる出来事であり、是非、学校の授業では、歴史を現代につながっているという視点で教えてほしいのです。

 今回で、イスラム世界に関する歴史物語シリーズはいったん区切りをつけようと思っています。いかがでしたでしょうか。高校世界史の知識があれば、現代の国際情勢も理解しやすくなる事を、実感していただければ幸いです。

 もし、歴史物語のリクエストがありましたら、コメント欄に残していただければ、ブログ執筆のモチベーションになりますので、よろしくお願いします。