歴史物語~十字軍とアルカイダ~

 以前、このブログで書いた「歴史物語シリーズ」を読んでいただいた方から、「歴史の面白さや学ぶ事の重要性がわかりました!」との感想をいただきました。そう言っていただけると嬉しい限りです。ありがとうございます。

 以前は、16世紀の大航海時代イスラム過激派を生む要因となった、という観点で記事を書きましたが、それ以前のイスラム世界とヨーロッパ世界について知りたいという声をいただきました。そこで、今回は大航海時代よりさらに遡り、十字軍遠征について書きたいと思います。

 本来なら、十字軍遠征→大航海時代産業革命という順番で書くべきでしたが、ついつい、大航海時代の方が一般的にはメジャーかなと思い、大航海時代から書いてしまいまして・・・

 よければ、この十字軍とアルカイダシリーズの終了後、以前の歴史物語も読んでみて下さいm(-_-)m

 

 

「十字軍遠征がイスラム国やアルカイダなど過激派の種を蒔き、イギリスやアメリカがそれを育てた。」

 こんな文章が目の前に現れたら、普通の人は信じないでしょう。当然です。十字軍遠征が行われたのは11世紀から13世紀。アルカイダが結成されたのは20世紀。時代が全く違います。しかし、この文章は間違っていません。実は、十字軍遠征がイスラム世界に与えた影響は、現在まで続いていると言っても過言ではないのです。

 

 しかし、そう言われてもにわかには信じがたいのが現実でしょう。

 多くの方々は、高校生の時、世界史の授業でこれらの単語を習った事があるはずです。

 「十字軍遠征」

 「オスマン帝国

 「大航海時代

 「産業革命

 「サイクス=ピコ協定」

 いかがでしょうか。「オスマン帝国」「大航海時代」「産業革命」に関しては、以前の記事でもご紹介しましたが、これらの単語は全て、現在のイスラム国などのイスラム過激派を生み出した要因とも言える単語なのです。

 いきなり言われても、信じられないですよね。一番新しいサイクス=ピコ協定ですら、今から約100年前に結ばれた条約です。おそらく、大多数の学校の先生は、これらの単語を遥か昔の出来事として教えたでしょう。もちろん、それは間違っていません。

 しかし、中東を中心としたイスラム世界では、これらの単語は現在にまで大きな影響を与えており、それがイスラム過激派と呼ばれる人々を生んでしまったのです。

 おそらく、この記事を読まれている多くの方は、「十字軍遠征」というと、キリスト教徒とイスラム教徒の戦い、即ち、宗教戦争であるというイメージを抱かれていると思います。それは、半分正しく、半分間違いです。

 そもそも、十字軍遠征とは何故始まったのか。一般的な教科書には、この様に記載されています。

 「イスラム教徒が聖地イェルサレムを占領し、東ローマ帝国を圧迫。東ローマ皇帝に助けを求められたローマ教皇は、十字軍派遣を決定した。」

 いかがでしょうか?この文章を読めば、「そうか、十字軍遠征は、聖地イェルサレムを取り戻すために行われたのか。」と考えてしまうでしょう。

 イェルサレムキリスト教徒にとってもイスラム教徒にとっても聖地ですから、両教徒がこれを奪い合うのは自然な事です。イスラム教徒に占領された聖地をキリスト教徒が奪い返そうとする。

 どうでしょう?なんとなく、「キリスト教徒が正義でイスラム教徒が悪」という印象を抱いてしまいませんか?

 ですが、実は教科書には、先ほどの記述の前にこう書いてある事が多いのです。

 「西ヨーロッパ世界は西暦1000年頃から、気候が温和な安定した時代に入り、農業技術が進歩したことで、農業生産力が増大し人口も急増。領土拡大を求める機運が高まった。」

 つまり、十字軍が始まる以前、西ヨーロッパ世界は農業が活発化して人口が増加。その結果、土地が不足していた訳です。もうわかったと思いますが、十字軍遠征は宗教戦争という側面だけではなく、「領土拡大を目的とする侵略戦争」という側面を持っていたのです。

 では、十字軍遠征を行った西ヨーロッパの人々は、何処の土地を求めていたのでしょうか。それについては、長くなってしまったので今回はここまでにし、次回の記事で御説明したいと思います。