北朝鮮〜ドイツとミサイルと恋物語〜

こんにちは。
私が小学生の頃は、中国のイメージとくれば自転車でした。みんな緑色の人民帽を被って自転車に乗っている。失礼ながら、決して豊かではないイメージです。
それが今では、都市部の人々は車を乗り回し大気を汚染する事この上なし。共産党幹部の子供に至っては、フェラーリで高速道路をかっ飛ばし衝突事故を起こして大破。後部座席に乗っていた2人の全裸の女子大生と共に、この世を去る。まさに、恥と共に去りぬです。

何が言いたいかと言うと、「時代は常に流れているのだから、過去のイメージにとらわれてはいけない。」などという当たり前の事ではなく、「時代の変化の要因を考えれば現在の世界がわかる。」という事です。

例えば、「何故貧しい国であった中国が(表面上は)豊かな国になったのか。」これを突き詰めていくと、実は中国お得意の反日政策の原因がわかります。

さて、今回は世間を騒がせている北朝鮮のミサイル問題に絡め、何故、南北朝鮮でかくも経済格差が拡大したのか。これについて書きたいと思います。(中国史を期待された方がいらっしゃったらお詫びします。)

 

 

近年に至るまで大量の餓死者を出した北朝鮮に対し、韓国経済は順調な発展を遂げました。何故、同じ民族なのにこの様な格差が生じたのか?

実は朝鮮半島の経済格差について学ぶ為には、東西に分裂していた時のドイツ、それもベルリンの壁について学ぶと、理解しやすいはずです。

ベルリンの壁を築いたのは東ドイツ及びソ連、東側諸国すなわち社会主義国側です。しかし、その原因はアメリカ、すなわち西側諸国にありました。

1949年にドイツは東西に分裂しますが、その時点ではベルリンの壁などありません。国境線は有刺鉄線による簡素なものでした。当時は冷戦真っ只中です。アメリカはなんとか、東側諸国を弱体化させたい。しかし、軍事侵攻をすれば確実に第三次世界大戦が起きる。軍事侵攻以外の手段を採らねばなりません。そこでアメリカが考えたのが、西ドイツの経済復興でした。

1950年代、西ドイツはライン川の奇跡と呼ばれる程の経済復興を遂げます。もちろん国内要因も大きいのですが、実はアメリカの大規模な援助が一番の要因なのです。

では何故、アメリカは西ドイツに経済援助を行なったのか。それは、東西ドイツの経済格差拡大が目的でした。

残念ながら、独ソ戦など大戦の被害から立ち直っていないソ連に、東ドイツの復興を支援する力はありません。一方、アメリカの援助を受けた西ドイツ。東西ドイツの経済格差は広がる一方です。東ドイツの労働者からすれば、たまったものではありません。

想像してみてください。東ドイツには仕事が無い。西ドイツには仕事が溢れている。誰だって、西ドイツに行きたくなります。結果、東ドイツから西ドイツに多くの労働者が亡命していきました。多くの労働者を失った東ドイツは弱体化します。もうおわかりでしょう。これこそが、アメリカの狙いだったのです。結果、東ドイツからの労働者亡命を防ぐ為、東ドイツ政府やソ連ベルリンの壁を築きました。

この様に、アメリカの経済援助が東西ドイツの経済格差を生み、分断を決定的なものにしたわけです。その後、冷戦末期にベルリンの壁が破壊され、冷戦終結後に東西ドイツは統一されました。これは、財政が破綻し自力での経済復興が困難になった東ドイツを西ドイツが吸収した形でした。

では、朝鮮半島の場合はどうだったのか。これについては、次回の記事で御説明したいと思います。