歴史物語〜反日国家の作り方〜 古代史編その2 家族は大事にしよう!

こんにちは。
  前回の記事では、毛沢東習近平は独裁者であり、中国には歴史上独裁国家しか存在していないんだという事と、その独裁体制を孔子儒教思想が支えたのだという事を御説明しました。

  今回は孔子が何故、儒教思想を創り出したのか。孔子が生きていた時代を見つつ、儒教思想がどの様なものなのかを御説明していきます。

  孔子が活躍した紀元前6世紀、中国は簡単に言えば内戦状態でした。春秋戦国時代という言葉を聞いた事がある人も多いと思います。その名の通り、日本の戦国時代の様に軍事政権が中国各地に乱立し、抗争を繰り返していたのです。各国との戦争に打ち勝つ為には、当然ですが戦略が必要となります。そこで各国の君主は、その様な戦略を持ち合わせている有能な人材を求めました。その中の一人が孔子でした。

  もちろん、孔子は軍人ではありません。思想家です。彼に求められているのは、国内を統一する方法だったのです。

  春秋戦国時代が始まる以前、中国には統一国家は存在せず、周という国が各地の小国家を束ねている状態でした。周は各地の有力者に土地を与え、その代わりに軍役や納税の義務を課していました。いわゆる、封建制度です。

  この封建制度にはいくつかの問題点がありました。まず、土地を与える事で地方が強大化すると、次第に地方の支配者は中央政府の言う事を聞かなくなります。つまり、地方分権が進んでしまうのです。中央集権を目指す国王にとっては都合が悪いですね。また、「土地」という物質的なものに頼るのも、よくありません。当然、土地には限りがあり、いつかは家臣に与えるべき土地が無くなってしまいます。

  封建制度に依存していたが故に、周は中国を統一する事は出来ず、紀元前8世紀、異民族により都が陥落しその弱体化が表面化すると、各地の有力者は周王から離れて行き、春秋戦国時代が始まるのです。

  先ほど、各国の君主は他国に打ち勝つ為の戦略を求め、有能な人材を求めていたと書きました。当たり前の事ですが、国内がバラバラの分裂状態の国が、戦争に勝てる訳がありません。戦争に勝つためには、国内を一致団結させる必要があります。もうおわかりですね。各国の君主が求めていたのは軍事的な戦略だけではなく、如何に国民を一致団結させ国内を治めるかという、統治政策も求められていたのです。

  さて、では孔子が主張した儒教思想とはどの様なものであったのか。根本にあるのは、「家族を大事にする」、「目上の人を敬う」という二つの思想です。

  まず、「家族を大事にする」という思想ですが、誰しもが自分の家族を傷つけたくはない。そうすると、隣の家族や他の家族と争いを起こさない。結果的に、世界が平和になる。孔子はこの様に考えたのです。家族を大事にするというのは素晴らしいのですが、気がついた方もいるでしょう。孔子は「各自が自分の家族を大事にするべきだ」と言っています。言い方を変えれば、「他人の家族はどうなってもかまわない」という事になります。排他的ですよね。これは後々、重要になってくるので覚えておいて下さい。

  次に、「目上の人を敬う」という思想ですが、これは支配者にとって極めて都合が良いものです。例えば、農民の子供から見れば、目上の人は両親です。当時は身分制社会ですから、両親の目上の人は村長、村長の目上の人は郡や県を治める役人、その役人の目上の人はと、どんどん目上の人を辿っていくと、皇帝に行きつくわけです。もちろん、孔子は皇帝を敬えなどと一言も言っていませんが、「目上の人を敬う」という孔子の思想が皇帝など支配者にとって都合が良いのは事実です。そのため、孔子の創り上げた儒教思想は、後の歴代中国王朝が、独裁を正当化するために使う事になるのです。

  如何でしたでしょうか?儒教思想独裁国家とって都合の良い物だと、御理解いただけたと思います。

  今回はここまでにし、次回はその後の中国王朝が、儒教をどの様に活用したかを御説明しようと思います。