歴史物語〜反日国家の作り方〜 古代史編その5 漢民族なんて存在しないってほんと?

こんにちは。

 前回は魏晋南北朝時代に国家の精神的支柱であった儒教が衰退した事で、中国の分裂状態に拍車がかかった事を御説明しました。

 今回は、民族という観点から、中国の分裂について御説明します。それが後々の、反日思想につながる事を念頭に置いておいて下さい。

 なお、今回のブログとは関係ありませんが、先日ネットにこの様な記事が出ていました。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/14211018/

 

 

 この記事の中で、漢族が94%を占めるとありましたが、ありえません。そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、今現在、漢民族などという民族は存在しません。もちろんこれは、定義にもよりますが、少なくとも純粋な漢民族は既に消滅しているのです。そしてそれも、中華思想反日思想につながります。今回は漢民族の消滅というテーマで、魏晋南北朝時代を御説明したいと思います。

 

 

 魏晋南北朝時代は、6世紀に隋が中国を統一する事で終結しました。しかしその隋も、中国を統一してから僅か30年ほどで滅亡してしまい、新たに唐という王朝が中国を支配するようになります。実はこの隋から唐にかけての時期に、儒教が復活するとともに、いわゆる中華思想が形成されていくのです。そして、前にも書きましたが、この儒教思想中華思想こそが、現在の反日政策の原点なのです。

 さて、ここで思い出していただきたいのは、そもそも中華思想とはなんだったかという事です。もちろん、中国皇帝こそが世界の中心であるという考え方ですよね。言い方を変えると、中国、そしてそこに住む漢民族が世界の中心であるという考え方です。では、漢民族とはどんな民族なのか。
結論から言いましょう。魏晋南北朝から隋の時代にかけ、漢民族は消滅します。厳密に言えば、春秋戦国時代の時点で漢民族は消滅したとも言えますが、それが隋の時代に決定的になったと考えて下さい。よく、中華四千年の歴史などと言いますが、そんなものは存在しません。

 では、そもそも漢民族とはどんな人達なのか。どんな定義なのか。
 周の時代、現在の陝西省、即ち黄河の上流から中流にかけての地域に住む人々が、漢民族を名乗りました。ところが春秋戦国時代になると、現在の河南省、即ち黄河中流から下流にかけて住む人々が漢民族を名乗り、陝西省に住む人々を異民族扱いするようになります。もちろん、陝西省河南省の人々がそっくりそのまま入れ替わったわけではありません。
 この事からもわかるように、漢民族というのは黄河流域に住む人々が名乗ったもの、つまりは、同じ地域に住む人々というだけのものでしかありません。また、この時代はまだ、漢民族とは黄河流域の民族だという言い方も出来ますが、秦の時代に中国が統一され、ベトナム方面やモンゴル方面まで領土が拡大すると、漢民族は各地へと移住していきます。その結果、漢民族は各地域で様々な異民族と融合し、どんどん漢民族の血は薄れていくのです。それが決定的になったのが、隋の時代でした。

 隋の時代に大運河が造られます。これは、中国の北と南を結ぶ大規模な運河でした。そして、この大運河こそが、中国を飛躍的に発展させると同時に、漢民族の消滅を決定的にし、さらに中華思想を成立させるのです。

 今回はここまでにし、次回は大運河が中国に与えた影響についてご説明したいと思います。