歴史物語〜反日国家の作り方〜 古代史編その8 だからね、漢民族なんていないんだよ?

こんにちは。

前回の記事では、大運河が唐の経済を発展させ、長期政権の一因となったと御説明しました。今回はその経済発展の結果、中華思想も発展してしまうというお話です。

思い出して下さい。唐の時代、血縁的には純粋な漢民族など存在していません。文化も風習も異なる人々が、中国大陸という同じ場所に住み、漢民族を名乗っているに過ぎないのです。そんな人々が、貿易を通じて外国の人々と交流したらどうなるか。当然、漢民族としてのアイデンティティを保てなくなり、下手したら国家の分裂につながります。そこで、この時代に盛んに謳われるようになるのが中華思想なのです。

繰り返しになりますが、中華思想とは中国が世界の中心であり、中国皇帝こそが世界の支配者であるという考え方です。外国との交流が盛んになるにつれ、唐は国民に対しこの考え方を広めていきます。遺伝子的には何の関係性も無く、文化も言語もばらばらの中国国民を、世界の中心に位置する漢民族という思想で統一しようとしたのです。

朝貢貿易が行われるようになったのも、この時期でした。周辺国は中国皇帝の家臣となり、中国皇帝に貢物を送る。中国皇帝はその返礼を送る。これが朝貢貿易ですね。実質的にはただの貿易です。ただ、庶民はそうは思いません。本気で、周辺国が偉大なる中国皇帝に貢物を送ってきた。我々はその偉大なる中国皇帝の元で暮らす偉大なる国民なのだ。外国との貿易が盛んになるにつれ、庶民はそう考えるようになり、偉大なる中国皇帝に支配される民族として、一体感を持つようになるのです。それが漢民族の正体です。

なお、余談ですがこの朝貢貿易も、唐が経済発展し長期政権を築く一因となりました。周辺国が家臣となるという事は、少なくともその国と戦争になる可能性は大幅に低下します。そうすると、その国との国境線には、最低限の兵力を置くだけでよくなります。つまり、国境警備に割く費用を大幅に削減出来るのです。これは広大な国境線を有する唐にとって、非常に助かります。軍事費を削減出来た分、貿易等に力を入れ、経済発展を実現したのです。

こうして、科挙を通じて儒教思想とそれに基づく中華思想が知識人層に広まり、朝貢貿易を通じてその根底にある儒教思想が庶民にも広まり、唐は儒教国家へと発展。儒教思想により国民は統一され、唐は分裂を免れ長期政権を築いたのです。この事は、中国の歴史というか、中国人の思想に大きな影響を与えました。漢王朝唐王朝も、長期政権を実現した。儒教思想を用いた国は長期政権になる。中国人はそう考え、それが後の王朝にも受け継がれていくのです。そしてそれが、反日思想へと発展していきます。

長くなりましたが唐を含めた古代史はここまでにし、次回は中世以降を御説明したいと思います。よろしければお付き合い下さい。