北朝鮮と韓国の井戸端会議から見つめ直す朝鮮戦争

こんにちは。
巷では、北朝鮮と韓国の南北首脳会談が話題になっていますね。
ある程度世界史の知識がある方なら、いや、そうじゃない方でも、3回目となる南北首脳会談が茶番に過ぎない事はご存知かと思います。

2000年に初の南北首脳会談が行われました。しかし、2006年には、北朝鮮は核実験を行っています。
核実験から1年後の2007年には、第2回南北首脳会談が行われました。その2年後、北朝鮮はまたも核実験を行い、極東情勢を不安定にしました。また、2010年には韓国の延坪島北朝鮮の砲撃を受け、民間人にも死者が出ました。
このように、南北首脳会談は極東地域の安定には何の効果もありません。また、会談の内容も、日本が悪い、日本は民族の敵だなどと、全く歴史的事実を無視した虚言を繰り返す低次元のもので、主婦の井戸端会議と大して変わらない次元です。いや、井戸端会議の方が円満な人間関係の構築に役立つ事を思うと、それ以下なのでしょう。

さて、今回の南北首脳会談を伝えるニュースの中で、この様な情報を耳にした方もいらっしゃるかと思います。

「韓国は朝鮮戦争の休戦協定に署名していないので、終戦協定を結ぶ事が出来ない」

意味がわかりませんね。朝鮮戦争とは、1950年から3年間、北朝鮮と韓国の間で戦われた戦いです。その戦争の休戦協定に、何故、当事国の韓国が署名していないのか。今回はこの事を、御説明しようと思います。

朝鮮戦争は1950年6月、北朝鮮の奇襲で始まりました。では何故、北朝鮮は韓国を攻撃したのか。一つにはアメリカの判断ミスがあります。
当時、世界は米ソ冷戦の時代です。アメリカはヨーロッパの共産化やソ連によるヨーロッパ侵攻を恐れ、ヨーロッパ防衛に力を入れていました。その結果、朝鮮半島は軽視され、韓国軍にはろくな援助を与えず、その装備は戦車が一両も無いほど、脆弱なものでした。また、韓国初代大統領の李承晩の性格も、アメリカが韓国軍への援助を縮小した理由でした。
李承晩は第二次世界大戦中、上海で反日運動を展開していました。しかしそれは、愛国心でもなんでもなく、自らが頂点に立つ国家をつくるためだったのです。
彼は、かつて朝鮮半島に存在した両班という特権階級の血筋であり、自分が強大な権力を手に入れる事のみを考え、国民の事など少しも考えてはいませんでした。この辺は、今の大統領と同じですね。
そんな彼にとって、戦後の半島分断は耐え難いものです。彼の夢は、半島全土の支配者になる事であり、半島南部だけでは我慢出来ません。そこで、彼は大統領に就任した後も、公然と「北進統一」、即ち、北朝鮮征服による半島統一を訴え続けました。これに、アメリカが焦ります。 
第二次世界大戦で疲弊していたアメリカ軍は、新たな戦争を望んではいません。最悪、戦争が起きた場合も、戦場はヨーロッパに限定したい。アジアとヨーロッパの二方面での戦争は避けたい。しかし、李承晩は戦争経験も無く戦場の悲惨さなど知らずに、己の権力欲の為だけに北進統一を主張している。彼に強大な軍事力を与えては、北朝鮮に侵攻し戦争が勃発する可能性が高い。そう考えたアメリカは、あえて韓国軍を弱体化させたのです。

そんな弱体な韓国軍に対し、北朝鮮は精強な軍を誇っています。戦車の数だけでも240両を超え、韓国軍を圧倒しています。何故、北朝鮮がそれほどまでに強かったか。それは、ソ連や中国の援助が原因でした。

先ほども書きましたが、当時は冷戦の真っ只中です。ソ連や中国は共産圏の拡大を目論んでいました。そんな共産国にとって、軍事的に弱体な韓国はまさに恰好の標的だったのです。韓国を征服すれば朝鮮半島全域を共産圏に出来る。そう考えたソ連は、北朝鮮に最新鋭の戦車や戦闘機を支援し、北朝鮮軍を大幅に強化します。そしてついに、北朝鮮は韓国侵略を開始したのです。


長くなりそうなので今回はここまでにし、次回は朝鮮戦争の展開というか、韓国の闇とも言える歴史について御説明しようと思います。