歴史物語〜キリスト教と世界遺産その1〜キリスト教が生まれた訳を知ってるかい?

こんにちは。

先日、長崎のキリスト教の遺跡というか、隠れキリシタンの遺跡が世界文化遺産に登録されましたね。幕府の弾圧を逃れたキリシタンが潜伏していた遺跡だとか。

一般的な教科書では、「キリスト教は幕府に弾圧された」という表現で書かれています。その一方で、弾圧された理由については書いてないのです。これでは、「か弱いキリスト教が無慈悲な幕府によって、何も悪い事をしていないのに弾圧されてしまった」と読み取れますよね。というよりも、その様に誤解させる為の印象操作だと思います。

現在のキリスト教を否定するつもりは微塵もありませんが、これだけは断言します。当時のキリスト教はか弱い宗教でもなんでもない。誤解を恐れずに言うと、非欧米諸国の人間からすれば、人さらい宗教と言っても良いテロ集団でした。

想像して下さい。江戸幕府とは、世界でも稀に見る平和な時代を築いた優れた政府です。ヨーロッパ諸国が領土拡大のため血みどろの抗争を繰り広げたり、革命という錦の御旗のもと多くの命が失われていた時代に、日本はおよそ300年に渡る平和な時代を横臥しました。その平和な時代を築いたのが江戸幕府なのです。そんな平和な日本で、何故キリスト教が弾圧されたのか。普通に考えれば、弾圧された側に原因があると思うはずです。

結論から言えば、ヨーロッパ諸国がキリスト教布教を隠れ蓑にし、日本人を奴隷として売り払っていた事が、キリスト教が弾圧された原因なのです。

おそらく、多くの方、特にクリスチャンの方などは、キリスト教が日本人を奴隷にしたなどという事は信じられないでしょう。キリスト教がその様な事をする訳がない。そう思うかもしれません。しかし、現在の価値観で考えてはいけないのです。

まずは、キリスト教成立の背景から御説明していきましょう。

前1世紀、ローマ帝国は全地中海を支配し、多民族国家を形成して最盛期を迎えました。当然ですが、全ての民族が平等に扱われる事はありませんでした。植民地の人々には市民権が与えられず、また、重税を課される事も多々ありました。要するに、搾取されていたのです。当然、植民地の人達はローマ帝国を恨みます。一方、ローマ帝国に上手く擦り寄ったのがユダヤ教でした。ユダヤ教の司祭の多くはローマ帝国に擦り寄り、友好関係を築く事で信仰を維持しようとしたのです。まるで、番長にごまをする子分、ジャイアンスネ夫ですね。当然、植民地の人々はユダヤ教も良く思いません。徐々に、人々の間でユダヤ教への不信感が高まっていきました。この様な状況下で現れたのが、イエスだったのです。

エスユダヤ教選民思想等を批判しました。すると、ローマ帝国に反発する人々の間でイエスに共感する者が続出し、ついにキリスト教が成立するのです。こうしてキリスト教は、反政府勢力として成立した訳ですが、当然、ローマ帝国は彼らを危険視し弾圧します。

1世紀に成立したキリスト教でしたが、4世紀にローマ皇帝が国内の安定化の為に公認するまで、弾圧を受け続けました。その結果、彼らは権力に逆らわない事と、自分達以外は信用してはいけない事を学びました。他の神は認めない一神教という性格から考えれば当然ですが、この様に弾圧され続けた歴史が、キリスト教を他者を認めない極めて排他的な宗教にしたのです。


今回はここまでにして、次回は大航海時代におけるキリスト教の暴挙について御説明したいと思います。