ホタテ戦争から紐解く英仏の歴史その2

こんにちは。

前回の記事では、フランス王の家臣であったノルマンディー公国の王がイギリスを征服するところまで、御説明しました。

今回はついに、英仏が実際に武力衝突を始め、その後両国の対立が19世紀まで続く事を、御説明したいと思います。


イギリス王となったノルマンディー公国の王は、もともと軍事力で優っていた事もあり、フランス王の指示を聞かなくなります。するとフランス王は、フランス国内の土地、即ちノルマンディー公国の返還を求めるようになりました。もちろん、イギリス王はそれを拒否し、フランス国内にもイギリス領が存在するようになってしまいました。これを、在仏英領といいます。以後、英仏はこの在仏英領を巡り対立していくのです。ですが、この時点ではイギリスの方が軍事的に優位だった事もあり、直接の武力衝突はあまり多くなく、あったとしても小規模なものでした。それが13世紀になると状況が変わります。
フランスがイギリスに対し劣勢だった理由の一つに、国内が統一されていなかった事があります。
イギリスはノルマンディー公国の王がイギリスを征服して成立した王朝なので、国王の権力が強く国内が統一されています。それに対し、フランスは国王の権力が弱く、国内が統一されていなかったのです。その結果、両国の軍事力はイギリスが圧倒的に優勢で、全面的な武力衝突には至らなかったわけです。
しかし、13世紀から14世紀にかけ、フランスは国王の権力が強大化し徐々に国内が統一されていきます。今までイギリスに逆立ちしても勝てなかったフランスが、勝てる可能性が出てきた。当然、フランスはイギリスに対し攻勢に出るようになります。そしてついに、百年戦争が勃発しました。

百年戦争というとジャンヌダルクを思い浮かべる方も多いでしょう。この戦争、野球の試合に例えるなら、9回の表までフランスは負け続けます。しかし、9回の裏にジャンヌダルクというピンチヒッターが現れ、逆転勝利を収めます。それもただの逆転勝利ではありません。カレーという港町を除き、在仏英領を全て取り戻したのです。

在仏英領をほぼ全て失った挙句、百年戦争終結から僅か2年後、イギリスでは内戦が勃発し、30年間続きます。その結果、イギリスは大幅に弱体化し、フランスとほぼ対等の国力になってしまいました。当然、イギリス人の間でフランスへの復讐心が高まります。

その後両国は対立を続け、18世紀にはアメリカ大陸やインドで植民地を巡って戦争を繰り返し、フランスはアメリカ大陸の植民地を全て失ってしまいます。それが一因となってフランス革命が勃発して事もあり、フランス人の間でもイギリスへの復讐心が高まり、両国の関係は極めて悪化しました。

しかし、19世紀になると、ロシアが地中海への南下政策を本格化させ、英仏両国の利権を脅かした事で、両国はロシアに対抗するため和解します。その後、19世紀の終わりにドイツが台頭し、アフリカや中東地域で英仏と対立するようになると、今度はドイツに対抗するため英仏両国は同盟を組むようになり、関係は改善されたわけです。

如何でしょうか。このように英仏両国は11世紀からおよそ800年間も対立していたのが、ロシアやドイツといった両国共通の敵が現れた事で和解したのです。言い方を変えれば、共通の敵と戦う為だけの和解ですから、その関係は決して盤石とは言えず、脆いものです。だから、ホタテを巡って争うなど、言い方は悪いですが情けない対立が起きるのでしょう。

最後に個人的な意見としては、ホタテからしてみれば不味いと評判のイギリス料理より、フランス料理の食材にされた方が幸せなのではないかなと思います・・