大東亜戦争が侵略戦争?馬鹿おっしゃい! その2 〜共産主義者に踊らされる世界〜

こんにちは。

前回の記事では、大東亜戦争侵略戦争などでは断じてないという事を御理解いただくため、共産主義が如何に危険な思想であるかという事と、共産主義国家成立に焦った資本主義国が、対ソ干渉戦争をしかけ、失敗に終わった事を御説明しました。

今回は、第二次世界大戦の黒幕が、実は共産主義者であるという事を、御説明したいと思います。


対ソ干渉戦争は資本主義国に共産主義への恐怖心を植え付けると同時に、共産主義国にも資本主義国への恐怖心を植え付けます。


資本主義国による攻撃で壊滅的な打撃を受けたソ連は、資本主義国の結束力と、いざとなったら戦争も辞さない行動力に恐怖心を抱いたのです。そこでソ連が考え出した戦略は、資本主義国同士を戦わせ、互いに弱体化した隙を突いて世界に共産主義を広めるというものでした。これを敗戦革命論と言います。

第二次世界大戦が勃発したのは1939年です。では、1930年代の国際情勢はどうだったのか。簡単に言えば

資本主義国
共産主義国
ファシズム国家

の三つに分かれていました。と、教科書は書きます。しかし、これは共産主義者によって形成された国際情勢なのです。

一般的に、ファシズム全体主義と訳します。全体主義とは一言で言うと、個人の権利は全て全体の為に使われるべきだとする考え方です。少々話がずれますが、ファシズム国家と言われるイタリア、ドイツ、日本では一党独裁が確立され、ヒトラームッソリーニが政権の座から降りる事はありませんでした。しかし、日本では戦前戦中を問わず、幾度となく首相が交代しています。つまり、事実上の一党独裁でありながら、議会政治が機能していたのです。また、ドイツとイタリアの国内情勢も微妙に異なります。それをファシズム国家とまとめるのは無理があるのですが、それはまた別の機会に御説明しましょう。

話を戻します。結論から言えば、ファシズム共産主義によって産み出されたのです。
世界初のファシズム国家とはイタリアのムッソリーニ政権です。当時のイタリアは貧困層が多く、彼等を扇動した共産主義者の暴動が続発していました。この状況を打破すべく立ち上がったのがムッソリーニです。彼は共産主義者を倒す事がイタリアを強くすると主張し、国王もそれを受け入れ、ムッソリーニに国政を任せました。こうしてイタリアは、ムッソリーニを中心に共産主義打倒を目指して国民が団結するようになります。これを全体主義と言ったわけです。

さて、ファシズム国家は基本的には一党独裁です。国民が一つの目的に向け一致団結するのですから当然ですね。一党独裁の彼等は、民主主義、即ち複数政党制を掲げる国と対立します。こうして、民主主義国家である米英仏は、ファシズム国家の独日伊と対立関係となったのです。

このように第二次世界大戦ファシズム対反ファシズムと教えるのが一般的です。しかし、思い出して下さい。ファシズム国家も反ファシズム国家も、どちらも資本主義国なのです。ファシズム対反ファシズムとは、資本主義国同士の仲間割れに過ぎません。資本主義国同士が仲間割れをして一番得をするのは誰か。もちろん、共産主義国です。先ほど、イタリアでファシズムが産まれたのは共産主義者のせいだと書きましたね。もう御理解いただけたかと思います。第二次世界大戦は、共産主義国が資本主義国同士を戦わせ弱体化させるために起こしたのです。そして、資本主義国の中でも共産主義国が恐れていたのが、日本とアメリカでした。


今回はここまでにし、次回は大東亜戦争の背景について、特にアメリカが反日政策に舵を切った背景に共産主義者がいた点について、御説明したいと思います。